夜景を眺めながら、セルフと対話する年末の夕刻

——品川の事務所町は普段よりも方が低く、何だか新鮮な情景だった。
時々ぽつりぽつりと眼に入り込んでくるのは、とぼとぼと歩いているイマイチニートか、或いは行き場のないホームレス風の旦那たちだけです。
我々はもはや、それらの情景を目の当たりにしたところで何の気分も抱かなくなっていた。
今年も、普通自らここまで遠出してきてしまった。
我々は町の角に居残る巨大なモールのエレベーターにのぼり、上層床へと上って行く。
駅前の勤務宿屋に比べると、その住まいはわりかし陳腐な小物だったが、かと言ってそこまで古くさい風情でも無く、下界を見渡すにはパーフェクト所だった。
そして、そこから見下ろすことのできる夜景は全体「自身」によって形作られて掛かる。
別物など存在し得ない。そういう、私の目の前に思え込んで生じる夜景というのは非現実的なまでに実存的情景だった。
肌身を以て、それを実感した時我々は、とあるひとつの答申を導き出した。
仮にまた、この先の人生で、道程を踏み外して独りで歩んでゆく将来になろうとも、生きている以上、こういうライフの光線だけはなくすまいと——。http://www.collegepeople.co/shihan-aojiru.html